つらつら~~

個人的趣味の鉄道模型のやっつけ工作を中心に…。

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2016/12/30

【完成報告】小型電車が似合う駅

どうもどうもさとうです。
 年末も押し詰まりすぎてどうしようもない状況ですが皆さんいかがお過ごしでしょうか?昨年は

記事1本

だったんですが、どうにか今年は

シリーズもの1本

入れることができましたなぁ、という感じでこれの続きで

完成報告♫

です。
駅全景
全体はこんな感じです。置いてある線路はユニトラックのWS248PCです。まあぶっちゃけ、この駅に

複線PC枕木線路は近代的すぎ

なんですが、構内踏切の板を安定させるんならこっちの方が楽なんで(^^;一応、いろいろな角度から撮ってみました。
IMG_7712.jpg IMG_7713.jpg IMG_7716.jpg
うちのコンデジのストロボの能力不足で暗い写真なんですがご容赦ください。前にも書きましたが、この駅は京阪小型車クラスの電車に合わせているので普通の車両限界の車両は入線できません。
 あとはこれが似合うジオラマを、と言いたいところなんですが、作る場所と

根性

が無いので、とりあえずこれはこれでおしまいです。
 ちなみに今年は、今まで35年くらい鉄道模型やってて

車両竣工0

と言う輝かしい記録をぶちかましました(T_T)まあいろいろあったんでね。来年は多少は車両工作もしたいなぁ、とかの方向なんですが、建物工作もなかなかおもしろいんでできればうまくかみ合わせて

車両工作×建物工作両輪で

楽しんでみたいものです。

と言うことで、


また来年(^_^)/~
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2014/12/25

【完成報告】キハ58

すんません。特にこれといった事は無かったんですが

更新サボってました(^^;

 いやまあ現実的にはここしばらくはちまちま工作が多かったんで日々是製作状態。ついでに仕事も年末進行だったんで「つらつら~~」さんまで気が回らなかったんです。まあでも一応

けじめ

なんでやらせていただきます。今回は実物解説ほとんど無しで行かせていただきます。と言うのも、この気動車系列の場合、実物の解説やると、

それだけで5~6本分記事が書けて

しまうからです。気が向いた方はWikipediaさんででも適当に調べてください。
 ではまず、基幹形式であるキハ58からいってみます。
ずら~り!
 本系列の基幹形式で2エンジン車です。模型でも基幹形式になるんで動力車が3輌入ってます。模型映えの観点から全車単線式スノープラウをつけてみました。実際に西鳥取の車に付いていたかは調べてません。
 さて、本来ならキハ28がⅠ輌居たはずなんですが、KATOさんのキハ28(N)はエラー、と言うか、金型共用の関係から目立つところで実物と異なった部分があります。それは、

給水口の位置と数

でして、本来1エンジン車のキハ28には給水口が片面に1つしかないはずなのに模型では2つついています。んでもってそのうち色替えをする車輌については余分な給水口を埋めるという事にして、今回は、とりあえず「なんちゃってキハ58」をⅠ輌仕立てる事にしました。第2弾をやるときに床下をコンバートするという事で。
床下見りゃ「なんちゃって」(^^;
 さて次は大出力エンジン搭載のキハ65。
ずど~ん
 一応実物も同じグループとして扱われる事が多いんでねぇ。KATOさんの限定品は大概キハ58とキハ65の組だったんで、大量にあります。まあこのせいで設定上の配置区所に制限が出たんだけどね。ちなみに実物は、普通列車に転用した際にはエンジン出力が過大になってしまう事と、トイレが無いので運用上の不便さからキハ58よりも早く全廃になりました。
 さて次はグリーン車キロ28
すらり!
当初所有していたのは帯付きだったんですが、車体載せ替えの際に帯無しにしました。何せ一般的にグリーン帯廃止は昭和54年頃なんで、さすがにJR初期に帯あり車は居ないだろうという感じです。ちなみに前にも書きましたが、西鳥取のキロ28は昭和62年度末で全廃なんで、JRに承継された車はありません。まあしかしそこはそれ。模型の場合ならやはり気動車急行にはグリーン車が欲しいんでねぇ。

 という感じで結局2年越しの作成でした。ま、肩の荷がまた下りたという感じで。
 んでこの後は、やはり2年越しの仕掛品をどうにかしようとの事で日々邁進してました。まあうまくまとまればここでお知らせします。うまくまとまらなければ

別ネタ進行

と言う方向性で。
黄昏時の~~




キハ58 完

2014/09/14

【完成報告】鉄コレ NDC

カラッと爽やか

さとうです。今週末はいい天気で何よりです。こんな日は

吹き付け塗装

を進めるといいんですが、工程の都合で

室内でちまちま筆塗り

です。次の週末も晴れるといいな(^^)

 さて、これの続きでめでたく

完成報告

です。
非トイレ側 トイレ側
 NDCとは、新潟鐵工所(現、新潟トランシス)が地方鉄道向けに製造した気動車シリーズです。
 同じ目的で製造された富士重工の「LE-car」シリーズは車体関係までの多くの部品をバス用技術で製造されたのに対し、この「NDC」シリーズは車体の基本設計は鉄道車輌用として製造し、様々な部分を共通化することでコストを下げ、1980~1990年代に開業したいわゆる「第3セクター鉄道」を中心に、多くの鉄道事業者に納入されました。ただ、細かいところはそれぞれの事業者の事情に合わせて製造されたため、ライトの位置や扉の位置と種類、さらには床面高さまで含めるとかなり多くのバリエーションがあります。
 製造期間が比較的長期にわたるため、その時代時代の事情などを取り込み、基本的な世代は第3世代まであります。今回製作した車輌は第2世代に当たり、JRグループをはじめ、各地の地方鉄道に同型車が最も多く納入されているタイプになります。
 さて模型の方ですが、プロトタイプは「三陸鉄道36-500」でありながら、まあ個人的な好みで色替えをしてみました。作業自体は大したことなかったんですが、今回も悩んだのは

塗色

でした。まあ自由形でどんな色に塗ってもいいんですが、さて何色にするかというと結構これが悩むものです。頭のなかではやはり既存鉄道色が渦巻いていたのですが、結構複雑な塗装が多い最近の鉄道色は

あっさりパス

でした。かといって、単色塗装はどうよ、ってのもあったんで、結局は手持ち塗料もあることから弘南鉄道風の塗り分けとしました。
でかい写真にすると、汚い
まあ一時期、弘南鉄道さんも気動車を入れていたことがあるんでご容赦いただきたいと。ちなみに、モオカ63風というのも候補にあったんですが、帯の塗装が面倒くさいのでパスしました。さらに、元真岡鐵道沿線住民からは、

すいか電車にして!

といわれたんですが、単純に緑と赤の塗り分けならいいものの、

市松模様のマスキングで目が死にそう!

と言ってご容赦いただきました。
 という感じで、

夏工作!

の話はこれにて

おしまい

となります。
 次は夏前からの仕掛品である

あれ

に戻ります。では最後に、弘南鉄道キハ22との並びをどうぞ。
近代化される黒石線、との想定で。

2014/08/24

【完成報告】モオカ63

残暑厳しき折、皆様方にはいかがお過ごしでしょうか?さとうでやんす。
 いやねぇ、うちもすごいっすよ。基本的にワシ、昼間家に居るときは

冷房無し

なんですが、未だに室温32℃くらいいってます。いやいや、うちだって一応

エアコンあるよ(^^)

でも、夏工作の時なんかは基本的に塗装中心の作業なんで、

エアコン入れられないの(^^;

だって、

エアコンあるのに塗装ブースがないorz

状況なんでねぇ。
 さて、これの続きで

完成報告♪

行ってみましょうか。

その1 その2
 モオカ63型気動車は、旧国鉄真岡線が第3セクター鉄道に転換した昭和63(1988)年4月に導入されたいわゆる「レールバス」です。
 当時、旧国鉄の「特定地方交通線」対象路線のうちのいくつかは第3セクターによる路線存続が図られました。その際、比較的ランニングコストが低く済む車輌として、富士重工が「LE-car」シリーズを開発しました。このLE-carは、車体に関してはバスの製造技術を流用し低コストで車体を生産するという物で、高価になってしまう鉄道車両の低コスト化を実現した画期的な車輌でした。当初作られたのは2軸車で、この2軸車バージョンは樽見鉄道や三木鉄道などの数社に納入されました。
 しかし、実際に鉄道車両として運用してみると、バス用の車体ではあまりにも輸送力が小さいため、改良バージョンとして車体を大型化し、ボギー仕様としたのがLE-carⅡです。結局、この大型化した車輌は当たりで、今回製作した真岡鐵道の他、天竜浜名湖鉄道や松浦鉄道、明知鉄道などにも同型車が納入されました。
 真岡鐵道モオカ63型は、これらのLE-carグループよりもさらに特徴的で、エンジンになんとブルドーザー用のエンジンを元に鉄道用に設計し直したエンジンを搭載しました。お家事情としては地元産業振興が目的だったようですが、このエンジンを設計・製作した小松製作所は、この後本格的に鉄道用ディーゼルエンジンの生産を行うようになりました。
 実車は11両製造され、真岡鐵道の普通列車を中心に運用され、2006年に全車用途廃止となりました。ところがその後、ミャンマーに身売りする話がまとまり、モオカ63-1とモオカ63-11の2輛が譲渡されました。現在でも彼の地で元気に活躍している姿が時折ネット上でも紹介されています。
 さて模型の方ですが、まあ基本的には色差しとウェザリングが中心といういつものパターンでして、夏工作のおかげで数日で作業完了となってしまいました。ただ今回大変だったのはやはり

塗装

問題で、何せ市販調色塗料がないので車体関係の色差しやるにもすべてが自家調色だったことでしょうかね。それと、この模型の場合は基本的オプションカプラーってのが設定されておらず、連結運転するのにどのカプラーを使うかの選択から始まり、ここに書いてないんですけどいろいろとあてがって探しました。結局は、前の記事に書いたとおりですけどね。何せ、

TNカプラー用の突起があるのにはまらない

くらいですから。
 一応これで念願の

真岡→下館間輸送力列車

も再現できます。
3輛だぜぃ いっぱい乗ってそう
まあ車輌的にはもちろん総括制御可能ですが、運賃収受はどうしてたんだろうな、と思ってしまいます。あ、今度元地元沿線住民に聞いときます。←元真岡鐵道沿線住民に聞いたところ、無人駅で乗降が出来るのは先頭の1輛のみで、有人駅では全車の扉が開く、とのことでした。まあそうだろうなとは思ってたんだけど、一応確認と言うことで。ついでながら、この列車は真岡並びに下館付近の高校への通学列車だったため、男子高校生と女子高校生で乗る車輌が違っていたそうです。まあこれも田舎にはよくある話ですな(2014/10/13追記)。

 さて、非電化中小私鉄用車輌として

LE-car

をやったってことは、やはり

NDC

もやらんとならんでしょうなぁ。まあそりゃ、LE-DCと言う選択肢もあるけどね。いやだって、

真岡のLE-CDは塗るのが大変

だもん。トミーテックさん、LE-DCもよろしくお願いしますよ。と言うことで、こちらは次は

NDCの色替え

でもしましょうかねぇ。

という感じで、

モオカ63

                          糸冬

2014/06/15

【完成報告】【遅い!】大糸線の旧国2 クハ55405他

どぅも!

 すっかり世間的には梅雨の季節に入っております。さとうです。まあでも昨日今日は塗装日和っていうか何というか。という感じで塗ってたかというと

塗ってません(T_T)

家掃除してだらだらしてたら終わりそうです。

 まあそんな感じで行ってみましょうか?すでに

一月半前に上がっているネタ

で勝負します。これの続きで

完成報告♪

です。まあけじめなんでねぇ。
 では順番に見ていただきましょう。何の順番かはツッコミなしで。へへ、

思いついた順

です。まずはタイトルのクハ55405から
クハ55405 2-4位側 クハ55405 1-3位側
 クハ55405型は昭和10(1935)年6月10日使用開始のクハ55108にさかのぼります。この車はいわゆるクハ55型の2次型に属していまして、運転台側の乗務員扉後位の窓が500mm2枚となっています。車端寄りが乗務員室用で、後位寄りが客室用となっているのが特徴でしょう。ところで、この頃は東鉄型と大鉄型で電気配管の作り分けがなされていた関係で、東鉄配置のクハ55は100番台に区分されていました。その後、昭和11(1936)年4月1日付改番でクハ55028となりました。その後も多少の転属があったとは思われますが、昭和42(1967)年2月27日付で便所設置改造がなされてクハ55405となりました。
 その後も長野局、おそらくは大糸線で活躍を続けていましたが、大糸線新性能化により昭和56(1981)年7月15日付で廃車となっています。なお、クハ55原型車から便所付きに改造されたのは6両なんですが、この車だけが改造から廃車まで長野局で過ごした唯一のクハ55のようです。
 模型の方はGMのクハ55キットから窓割り変更で製作しました。まあ記事中にもネタにしてますが、窓割り変更の他に妻板窓の木枠化なんぞもやってます。んじゃ次はクモハ51025です。
クモハ51025 2-4位側 クモハ51025 1-3位側
 この車は昭和12(1937)年3月22日東鉄局で使用開始、とあります。んでまあご多分に漏れず何もなければ形式称号改正で「クモハ」になったくらいで終わりかと思いきや、戦時中の座席半滅工事を受けていまして昭和18(1943)年12月28日付でモハ41080となっています。
 戦後も落ち着いてきた昭和27(1952)年7月21日には吹田工場で座席復元工事の上でモハ51025に復元されています。改造後の初配置は大鉄局なんで、セミクロスシートで緩行線をすっ飛ばしていたところ、おそらく73系に追われて北アルプスの麓にやってきたようです。そこが安住終焉の地となり、大糸線新性能化で昭和56(1981)年9月16日付で廃車となっています。
 模型の方は今までのクモハ51たちと基本的には同じなんですが、この車は脳内方向転換せずに偶数車のまま作っています。まあ床下機器ユニットを左右入れ替えて、前面に幌付けただけですけどね。それでは次。クモハ54005です。
クモハ54005 2-4位側 クモハ54005 1-3位側
 この車は昭和15年10月10日大鉄局で使用開始、とあるだけで、その後は形式称号改正で「クモハ」になったくらいで番号上の変更はないようです。そして大糸線新性能化後の昭和56(1981)年9月16日付で廃車となっています。クモハ54型はクモハ51型のパワーアップ版として昭和12年から製作されているんですが、わずか9両の小世帯ながら製造年次により3タイプあり、この54005号はノーシル・ノーヘッダーのいわゆる準戦時型ながらすっきりしたタイプです。ちなみに同型は3両製作されたものの、54003号は昭和20(1945)年6月7日の空襲により淀川電車区にて焼夷弾で全焼。54004号は戦火をかいくぐった後仙石線管理所に移動して昭和51(1976)年5月20日付で廃車となっています。
 模型の方はGMのクモハ51キットのシルとヘッダーを削った後、戸袋窓のHゴム化と前面Hゴム窓の修正なんぞをやっています。それにしても、戸袋窓の大きさがまちまちなのは製作者の腕の問題です(^^;
 最後はクハ55430です。
クハ55430 2-4位側 クハ55430 1-3位側
 この車は昭和16(1941)年9月30日使用開始のサハ57031が元となっています。今まで作ってきた55436とか55438と同じ改造経緯で先頭車化で昭和34年にクハ55304,さらに便所取り付けで昭和42年にクハ55433,さらに改番で昭和43年にクハ55430となっています。この車はおそらく大糸線の55430番台の偶数車では唯一、運転台側の手すりが屋根昇降段になっている車輌のようで、まあ製作者側からすれば55436と目先を変えたかったために作ったようなものです。基本的にはGMクハ55キットからで、運転台側の妻板を中間車用から作っているのと、便所付近の窓配置をいじっているくらいです。

 さてこれにて、

大糸線の旧国2



しゅ~りょ~っ

という感じになります。まあ後、水色の旧国で作ろうと思ってネタ仕込んでる車輌は8両あるんで、またそのうちに水色旧国シリーズをやるとは思います。でもなぁ、「あれ」をやるとすると

怒濤の窓枠工作

せにゃならんしなぁ。

糸冬

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